研究内容・手順

トップページにも載せましたが、私の研究テーマは以下の通りです。
<研究テーマ>
すざく衛星によるNGC2403銀河のX線スペクトル解析



と言われましても、何をするのかよくわからないというのが多いと思いますので、
まずはアウトラインから順に説明していきます。

ここで記載されていることは研究成果に挙がっているPowerPointに書かれていることを
多少修正してあげているものです。

1.すざく衛星
2.ブラックホール
3.BHがX線で輝く理由
4.スペクトル解析(準備)
5.スペクトル解析
6.ブラックホール質量の推定
7.結論




1.すざく衛星

2005年7月に打ち上げられた、日本で5番目のX線観測衛星です。
この衛星には0.2-12keVのエネルギー領域をカバーするXIS検出器と、
10-600keVの領域をカバーするHXDカメラが搭載されており、
非常に幅広い領域においてX線観測が可能になっています。


左がすざく衛生、右がXIS検出器




2.ブラックホール

 研究対象であるBHは現在、質量に応じて3種類のBHが存在すると考えられています。
まず、一番小さいものとして恒星質量BH(下図の左)があります。
これは重い恒星が超新星爆発を起こした時に誕生します。

 次にほとんどの銀河の中心に存在している大質量BH(下図の右)があります。
100万倍から10億倍の太陽質量という莫大な質量を持っています。

 今までこの二種類のBHしか発見されていませんでしたが、
近年、真ん中にある超光度天体というものが発見されました。
真ん中の図はチャンドラ衛星のX線画像で、明るいオレンジ色で輝くものが全て超光度天体です。
超光度天体はこの2つのBHの中間の質量を持つBHの候補と考えられています。
これが成立した時には恒星質量から大質量BHへの成長のシナリオを探ることができると言われています。

恒星質量BH 超光度天体
(中質量BH候補)
大質量BH






3.BHがX線で輝く理由

 BH探査にはX線観測が非常に有効です。
しかし、すざくが観測しているX線はBH本体から放射されているものではありません。
ガスが角運動量を持ってBに落ちる時、
ガスはBHの周りに降着円盤という回転円盤を作ります。
円盤内では物質同士の摩擦などで数千万℃まで高められ、
最終的に円盤からBHに落ちる時にX線を放射します。

 そしてBに落ちるガスが増えるほどに円盤はより強いX線を放射していくのですが、これには限界があります。
このX線などの放射にも圧力があり、落ちていくガスにかかっていきます。
そしてその放射圧がBHからの重力よりも強くなった時にはそれ以上ガスが落ちなくなり、BHは輝かなくなります。
この直前の状態で輝く光度の大きさをエディントン限界光度と呼び、下の式のように質量に比例します。
また、恒星質量BHの上限である20倍の太陽質量に対するエディントン限界より
明るいコンパクトX線源を超光度天体(ULX;Makishima et al. 2000)と言います。

<エディントン限界光度>
L
Edd=1.25×1038M/MSOLAR [erg s-1]


ブラックホールへの降着イメージ
(素材元:宇宙研)






4.スペクトル解析(準備)


 そして実際に行ったスペクトル解析の準備に入ります。
私はNGC2403銀河に古くから知られるULXの解析を行いました。
NGC2403銀河は970万光年離れた渦巻銀河で、
過去には97年に日本のASCA衛星、03-04年にかけてヨーロッパのXMM-Newtonが観測をしていました。
下の図はNGC2403銀河の可視光画像(左)と、すざく衛星(右)によるX線画像を指しています。
そして右の緑丸部分が研究対象のULXです。

 スペクトル解析に入るにあたってNASA・hearsrcの提供しているソフトheasoftのXSELECTというツールを用います。
ここで対象天体からのスペクトルを抽出するために、ソースの赤丸部分を切り取り、
またこの天体の裏から来るスペクトルを考慮するために、その左にBGDの領域を設定して、
同じように切り取って、これらの二種類のスペクトルを作成します。



 
NGC2403銀河の可視光画像(左;国立天文台提供、右;すざく衛星)




5.スペクトル解析(手順)

(1)応答関数の準備

検出器の状態によるスペクトルの変化を考慮するための応答関数を作成・用意する。
これはJAXAのサイトから公開されているものを用いたり、
CALDBというツールを用いて作成することができます。


(2)スペクトルの比較

ソースとBGDの2つのスペクトルを並べることでBGD(下の図の赤)が天体(下の図の黒)に与える影響度を確認します。
下の図は強引に縮小したために潰れて見づらくなっていますが、その影響を調べるために使ったスペクトルです。
横軸はkeVで書いたエネルギー、縦軸が1秒あたりのカウント数です。
このスペクトルには、検出器のパルスハイトとエネルギーを関連づけるために応答関数がかかっています。
5.9keVと6.5keVでXIS検出器自らが放射している較正X線源が出ていますが、
それを除けば、BGDが天体に与える影響度はないと考えられるます。



(3)モデルフィット

 これがBGDを差し引いたスペクトルです。
赤と黒のスペクトルはそれぞれ4基あるXIS検出器の中で2種類、
仕様があるのですが、同じ仕様同士でまとめたものです。
ここにスペクトル解析を行うためのスペクトルに再現させるX線放射モデルを用意し、
標準降着円盤モデルと星間吸収モデルという二つのモデルを用います。
星間吸収モデルは銀河系内で星間物質によって受けるX線の吸収を示したモデルです。
下段はモデルとデータのずれをχ2乗検定で求めたものを表しています。
この状態では1-5keVにおいて大きくズレているのがわかります。

 ここでフィッティングという作業を行って、モデルにデータを再現させた結果が、この図11となります。
この時のχ2乗検定の値が608.7/584となり、モデルがよくデータを再現していることがわかります。
ここで用いたモデルより、星間吸収モデルからは水素柱密度NHが、
標準降着円盤からは降着円盤における最も高い温度Tinとnormalization Kがこのように求められ、
Norm Kと天体までの距離によってBHの物量を導くことができます。

<星間吸収モデル>
NH=7.9×1020

<標準降着円盤モデル>
Tin=1.11keV
norm K=5.40

χ2/dof:608.7/584


解析自体はここまでやって、試行錯誤を繰り返していくのみです。
そして出てきたパラメータからブラックホールの物理量を求めることができるので、
それを導出していきます。



6.BH質量の考察

(1)無回転BHの推定

 では実際にBH質量の推定したいと思います。
もっとも単純な仮定としてBHが全く回転していないとすると、
最終安定軌道はRsの三倍で決まるため、Rsはおよそ29.5kmと見積もれます。
このRsはこのように質量に比例しているため、容易に質量を見積もることができ、

Rs=Rin/3=29.5/(cos(i))0.5[km]
⇒ Rs= 2GM/C2 ⇒ M=10.0/(cos(i))0.5M
SOLAR

 BH質量はこのように見積もられますが、ここでエディントン限界を考慮する必要があります。

LEdd>Ldisk⇒0≦i≦40

 先ほど見積もった質量からエディントン限界を導いて、円盤からの全光度Ldiskとの不等式を解くと、
エディントン限界の条件を満たすためには円盤の傾斜角iが40度以下にならないといけないことがわかります。
この条件を上の式に代入すると、BH質量は
10-11倍の太陽質量になると見積もることが出来ました。
この時においてエディントン限界の87-100%という非常に限界に近い光度で輝くこともわかります。


(2)カー(回転)ブラックホールの推定

 次にBHも他の天体と同じように回転していると考えるのが自然なので、
高速で回転している場合におけるBH質量を考察します。
この場合は一般相対性理論より最終安定軌道は内側に拡大してくるため、Rsの半分までになります。
その結果、Rsは無回転状態よりも大きく見積もられることから、
そのRsに比例するBH質量もこの式の通り、より大きく見積もられます。

 こちらでも同じようにエディントン限界の条件を考慮すると、
iの範囲は0-89度とほとんどの角度をカバーしていることがわかり、
この範囲におけるBH質量は
60倍-450倍の太陽質量であると見積もることが出来ました。
そしてエディントン限界の12-100%と傾斜角に依存した、幅広い割合の光度で輝くことが分かりました。




7.結論

 これらの考察よりNGC2403銀河の超光度天体は、シュヴァルツシルト、無回転BHの場合には
10-11倍の太陽質量を持つとされ、恒星質量BHとして解釈することが出来る。
またカーBHの場合は最大60-400倍の太陽質量を持つため、中質量BH候補として見ることができる。

 スペクトルをより詳細に解析したところ、
この天体がエディントン限界ギリギリで輝くことがわかったため、
カーBHでは傾斜角iが非常に大きい場合のみとなるので、
見積もられる質量は最大300-400倍の太陽質量となる。
もちろんこの二通りの解釈はあくまで極端な場合での見積もりであるため、
対象天体はこの間の質量を取ると想像できます。